#03 電球/電氣満月 | 世界観設定コラム The World | SPECIAL | 『二十世紀電氣目録-ユーレカ・エヴリカ-』

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世界観設定コラム The World

#03 電球/電氣満月

世界観設定 鈴木貴昭

明滋になる70年以上前に石炭ガスを燃料とするガス灯が誕生すると、それまで闇に包まれていた夜間でも人が工場などで働けるようになり、産業革命以降労働時間を確保するのに苦労していた産業界は積極的にガス灯を導入する。
だが初期のガス灯は危険が多く、構造上燃焼に室内の酸素を使用するために閉鎖空間では使い勝手が悪かった。
そのため各国でガス灯の改良が試みられると共に、当時学者の興味を引くようになった電気を照明にする研究もおこなわれた。
結果としてアーク灯が誕生したが効率が悪すぎ、白金線に電気を流すと光が出るのも確認されたがこちらも実用にはほど遠かった。
電氣照明とガス灯の両方の比較研究を行っていたスワンが、安全で煤の少ないガス灯の開発に成功し、電氣開発を打ち切って自らガス灯製造会社を設立する。

明滋16年にE&S連合ガス灯会社が蒸気配管に相乗りするガス配送システムを実用化、ガス灯が一気に普及した。
2年後に八嶋隆三が電氣に関する資料を集め始めた時、スワンの電氣開発に関する研究資料一式も廃棄される寸前だったが、かろうじて入手するのに成功する。
内容に興味を持った八嶋はより詳しい知識を求め、当時ほぼ唯一ともいえる電氣研究を行っていたミルコ・テスラに弟子入り、テスラが集めた膨大な資料を覚書へとまとめた。
だが、メンローパーク・ガス&スチーム社から発展したメンローパーク・ゼネラル・スチーム社が、将来的に電氣が蒸気のライバルになるのを恐れて、電氣は危険であると一大宣伝を展開した。
結果としてテスラの研究は頓挫、研究所も閉鎖されたので失意の八嶋は帰国、膨大な資料はそのまま忘れられるかと思われた。
しかし偶然その資料を目にした坂本清六が電球を再開発するが、電球の発光時間はわずかで、実用性は極めて低いままだった。
また白金線は極めて高価で一般流通には難しく、身近にある安価で入手が容易な素材の調査を開始、炭に着目して木綿や紙などからフィラメントを作る試行錯誤を行っていた。
その過程で清六は竹に可能性を見出していたが、出征により実験をする余裕はなかった。
竹炭をフィラメントにするのは成功、24時間以上の発光に成功する。
また、フィラメントがすぐに燃え尽きないように、仏具屋の伝手で入手した真空ポンプによって電球内部を真空に近付けた。
これは百川酒造が懇意にしていたガラス工房の手助けによって作られた丈夫なガラス容器があってこそであった。
こうして作られた明るく長時間発行可能な白熱電球、それを大量に使用したものが電氣満月である。

※登場する人物・団体・時代等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

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